さまよえる前日鳥

読んだもの、観たものについての取り留めない覚え書き。ネタバレ注意。

『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』小野寺拓也、田野大輔

岩波ブックレット

 

そもそも私はナチについての知識が殆どない。強制収容所作ってユダヤ人や障害者や同性愛者を迫害したり虐殺したりした、という極めて大雑把な認識しかない。「良いこと」と言われていることがどんなことかも全く知らないという無知ぶり。欧州で暮らしていながら流石にこれではマズイかなというのもあって、話題になっていて評価も高いらしいこの本を手に取った。

 

「ナチスは良いこともした」という言説がSNSなどで定期的に現れるらしい。この本は、そういう状況に危機感を覚えた二人のドイツ史の専門家によって書かれたものだ。ナチの権力掌握の過程を検討してその要因を分析し、また経済政策、労働者の福利厚生、家族支援策、環境保護策、健康政策など、ナチスがした「良いこと」と言われている政策を取り上げて、それが先駆的な政策だったのか、その政策の目的は何だったのか、成果はあったのか、を一つ一つ分析している。

 

ホロコーストなどのナチのメジャーな悪行については書かれておらず、「良いこと」言説に絞った内容になっている。コンパクトにまとまっていて、私のような者にとっては有益だった。

 

ナチ政権は虐殺政権なんだから、ちょっとやそっと「良いこと」してたとしても、だから何?その「良いこと」をわざわざ取り上げる意味は?と思っていたんだけれど、そのちょっとやそっとの良いことすらしてなかった、ということにまず愕然。全くもってろくなことしていない。ここまで酷かったとは。そしてそんな政権が何年も続いたという事実に暗澹とした気持ちになる。

 

本文もさることながら、「はじめに」と「おわりに」がとても良かった。「事実」から「意見」へ飛ぶことの危うさ、専門家らが積み上げてきた「解釈」の重要性についての話は、歴史を語る時常に気をつけなければいけないことだろう。また先に述べた「わざわざ『良いこと』を取り上げようとする」その心理についての分析もあり、成程と思った。とはいえ専門家に説明してもらうことをマウントと感じたり、専門家に素人がマウントとろうとしたりする心理はどうにも理解し難いな

 

巻末に参考文献が沢山挙げられているので少し入手してきた。来年の課題にしよう。気が滅入りそうなテーマなので、元気な時に少しずつ。