さまよえる前日鳥

読んだもの、観たものについての取り留めない覚え書き。ネタバレ注意。

『Hateship, Friendship, Courtship, Loveship, Marriage』(イラクサ)アリス・マンロー

本作の日本語版『イラクサ』は、小竹由美子さん訳で新潮クレストブックスから出ている。

 

自分の好きな作家を順番にあげていったら、アリス・マンローの名前が出るのはかなり後になると思う。彼女の本を求めて本屋を何軒も回ることはないだろう。でも見かければ必ず手に取って読む。アリス・マンローは私にとってそういう作家だ。

 

短編小説は基本的に繰り返して読むべきものだと思うけれど、アリス・マンローの作品は特にそうだ。ふわっと読んでしまうと多くを見逃すというか、ガッツリ向き合って読むことを要求される。

 

この短編集全体を通してみると、多くの作品が中年〜老年期の女性の視点で、過去を振り返って語られる。取り立てて不幸という訳ではないけれど、結婚生活にうっすらと自由や尊厳を奪われているような人生。そして出てくる夫たちがみな微妙に嫌な感じだ。また、マンローらしく時間が頻繁に前後して過去と現在が目まぐるしく入れ替わる上に、その過去も、遠い昔からごく最近までの様々なグラデーションがある。そして愛と性が重要なファクターだ。

 

以下、各作品に関するコメント。今も読み返しているし、ちゃんと書こうとするとものすごく長くなって永遠に終わらなそうなので、諦めてごくごく簡単に。

 

 

Hateship, Friendship, Courtship, Loveship, Marriage(恋占い)

原書ではこれが表題作。視点が色々変わる。珍しく(?)ストーリーそのものを楽しみやすい作品。Johannaの行動力に惚れた。でっち上げた「物語」が現実に及ぼす影響。

 

Floating Bridge(浮橋)

なんだか嫌な夫その1。夫の言動の描き方が凄く上手い。そして後半部の情景が呼び起こすイメージの豊かなことといったら!

 

Family Furnishings(家に伝わる家具)

誰もが「変更」を加えて物語る。作家が実話を元に創作したことで生まれる軋轢。作家がそこに居ながら周囲から切り離されている様子とか、ピンと来た言葉を頭にストックする瞬間の描写が秀逸。

 

Comfort(なぐさめ)

なんだか嫌な夫その2。冒頭とか、少しずつ情報を出す構成とか、上手いなあとしか。

 

Nettles(イラクサ)

子供の頃の物語がいい。橋が境界を示すというのは、Floating Bridgeもそんな感じだったね。nettleだと思っていたのはnettleではなかった。その意味を考える。

 

Post and Beam(ポスト・アンド・ビーム)

なんだか嫌な夫その3。個人的には、なぜ夫を取引に使えないかの説明に唸りまくった。

 

What is Remembered(記憶に残っていること)

なんだか嫌な夫その4。大切な思い出を繰り返し思い出し、付け加え、膨らませ、磨き上げる。もはやそれは「事実」とかけ離れたものかもしれない。これも作家的な作業だ。

 

Queenie(クィーニー)

なんだか嫌な夫その5。「嫌」を通り越してちょっとゾッとする。男と姿を消すのは、現在のくびきから自由になる手段だ。

 

The Bear Came Over the Mountain(クマが山を越えてきた)

なんだか嫌な夫その6。一読した時は「贖罪」だと思ったけど、読めば読むほど違う気がする。曖昧というか、どうとでも解釈できるように書かれていて唸る。

 

 

なんか上手い上手い言ってるだけの感想になってしまった。