さまよえる前日鳥

読んだもの、観たものについての取り留めない覚え書き。ネタバレ注意。

『Liberation Day』(未邦訳)ジョージ・ソーンダーズ

『十二月の十日』以来9年ぶりのジョージ・ソーンダーズの短編集。2022年に出版されて現時点(202312月)でまだ邦訳は出てないようだけど、そのうちきっと出るだろう。

 

ソーンダーズの作品は、ソーンダーズ節としか言いようのない味わいがあって大好きだ。

 

何といっても人の頭の中を言葉にするのがとびきり上手くて面白い。思考が取り留めなくあっちこっち行ったり、妄想がどこまでも突っ走ったり、今後のことをあれこれ思い巡らせて決心して結局何もやらなかったり、壮大な自己正当化を試みたり。お笑い「意識の流れ」だ。

 

基本的に登場人物たちは辛い状況にあって、限られた辛い選択をして、その後も辛いままだったり、より一層辛くなったりするんだけれど、それにもかかわらず笑える箇所が沢山ある。悲惨な状況の中に笑いを突っ込んでくるのが恐ろしい。そこ、笑うとこじゃないよね、という時に笑わせにくる。そして笑いながら、人間というものについて深く考えてしまうのだ。

 

この短編集もソーンダーズらしい作品が集まっている。

 

 

Liberation Day

『センプリカ・ガール』を思い起こさせる作品。ソーンダーズらしいというか、ソーンダーズじゃなきゃ思いつかないようなヘンテコ不気味な設定。そんな状況でより良い「仕事」をしようとする健気な主人公Jeremy。彼の仕事への取り組みぶりは、ちょっと作家の制作過程のようでもあって興味深い。最後の彼の選択の後にタイトルを見ると感慨深い。

 

The Mom of Bold Action

とにかく妄想が良い。前半のストーリー妄想も、終盤のビーム交流妄想も、しょうもなくてとても良い。

 

Love Letter

祖父から孫への手紙。確かだと思っていたものが少しずつ少しずつ浸食され、気がついた時には既に手遅れになっている。その過程を説明する祖父。孫はそれをどう受け止め、どう行動するのだろうか。

 

A Thing at Work

同じオフィスに勤める登場人物達それぞれの思考が渦巻く。特に目新しくもない職場のゴタゴタ話なのに、一人一人のキャラが立っていて読ませる。

 

Sparrow

全く何の特徴もなく、ありきたりな事しか言わず、誰にも何の好奇心も引き起こさないGloria(酷い言いようだ)。そんな彼女が恋をした。無理だよね、と誰もが思った。

 

Ghoul

ヘンテコ・ディストピアその2。ソーンダーズは突拍子もない設定を考えて、いきなりその中に読者を放り込む。いちいち何故とか説明しない。自分の状況を把握した登場人物は究極の選択を迫られる。こういうのが上手い。

 

Mother’s Day

母親としては全くダメだった二人の女性の物語。生きている限り「自分自身」という束縛から逃れることは出来ないのか。

 

Elliott Spencer

ヘンテコ・ディストピアその3。ここでもやはり主人公は懸命に仕事に打ち込む。人間はやり直せるのか、一旦自分を捨てて全て白紙にしなければ無理なのか。

 

My House

家を売りたい男と買いたい男。同じ家を愛し波長が合う二人だけれど、運命は予想外の方向へ舵を切る。うっすらとホラー味のある、ちょっと雰囲気の異なる作品。

 

 

私個人は『十二月の十日』の方が好きではあるけれど、本作もとても良かった。特に良いと思ったのは『Mother’s Day』と『A Thing at Work』。大好きなのは『Sparrow』。意外な方向に行って不意を突かれてなんだか感動してしまった。