さまよえる前日鳥

読んだもの、観たものについての取り留めない覚え書き。ネタバレ注意。

『LESS 』(レス)アンドリュー・ショーン・グリア

2018年ピューリッツァー賞フィクション部門受賞

 

 

Arthur Less50歳の誕生日を目前に控えたゲイの作家だ。9年間付き合った若い恋人(もどき)のFreddyが他の男と結婚することになり、心が沈んでいる。Freddyの結婚式に出席しない口実を作るため、そして50歳の誕生日を独りぼっちで迎えないため、様々な国の仕事の依頼を片っ端から引き受けて、地球を廻る旅に出ることにした。

 

まずニューヨークで売れっ子作家にインタビューする仕事メキシコ・シティでは元彼でピューリッツァー賞詩人であるRobertに関するシンポジウムに登壇するトリノに行き、ノミネートされた謎の文学賞の授賞式に出席ベルリンの大学で冬季講座の講師を務めるモロッコでラグジュアリーな砂漠ツアーに参加してサハラ砂漠で50歳の誕生日を迎える長年の友人(宿敵)が所有するインド・ティルバナンタプラムのリトリートに滞在して新作を磨き上げる京都で懐石料理を食べて雑誌にレビューを書く…… という予定を組んだ。

 

 

 

ネタバレです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Less50歳になるというのに自分の核があるようなないような、永遠の少年のようなどこか無邪気で無防備な人物だ。 現在は中年の危機の真っ只中にある。急に独りになり、更に50歳という年齢に恐怖を感じてジタバタしている。 80年代に猛威を振るったエイズの影響で周りに高齢のゲイが少なく、ロールモデルがいない故の不安もあるようだ。

 

文学において主人公が旅をする隠れた目的は常に「自己認識」だというけれど、この作品も例外ではない。思い通りにいかない旅をする中で、自分が本当にFreddyを愛していたと認識する。へっぽこながらも今まで頑張って生きてきたことを讃える。自分の象徴だったブルーのスーツを失ったけれど、これからだって新しい未来を描くことができると思えるようになる。

 

面白いなと思ったのは、本作と作品内小説がオーバーラップしてメタフィクションっぽくなっていること。Lessの最新作『Swift』はセンチメンタルすぎると出版社に却下される。エージェントは、作品の主人公に同情しづらいという。砂漠ツアーで同行したZohraにも、米国白人中年男が米国白人中年男の悲しみを抱えていても気の毒には思えない、と言われてしまう。これはそのままLessの境遇にも当てはまる。

 

LGBTQフレンドリーなサンフランシスコに住み、住む家もある。パッとしない作家ではあるけれど、ポツポツと小さな依頼はある。金持ちには程遠いけど、世界の色々な場所を旅してきたし、旅先で衝動的に洋服を仕立てることだってある。今は失恋の真っ最中だけれど、それなりに恋もしてきたし出会いもある。側から見ればそんなに悪くない人生を送っているのだ。そりゃあ様々な不運や屈辱的な出来事はあるけれど、そんなの誰にだってあるだろ?と言われてお終いだ。

 

そんな境遇の米国白人中年男のウダウダを読んでもらえる小説にするにはコメディにするしかない、ということなのだろう。そうしてLessが悩める米国白人中年男Swiftの物語をコメディに仕立てたように、悩める米国白人中年男Lessの物語がコメディとして生まれたのだ。クスクス笑いながら読んでいるうちにLessに親近感を抱くようになり、しまいには思わずホロリとしたりもする。始めは謎だった語り手が誰だか分かり、物語は王道のラブストーリーとして終わるけれど、それを良かったねと素直に思える。これがコメディの持つ力なのかもしれない。

 

余談だが、時刻を24時間制で言われたLessが「military time」を覚えなきゃいけないのかと言っているシーンがあって、私は⁇となったのだけれど、調べてみたらアメリカでは24時間表現は本当に軍で使う時刻表現だと言われていて一般では殆ど使われないらしい。ほほうー。