さまよえる前日鳥

読んだもの、観たものについての取り留めない覚え書き。ネタバレ注意。

『Oryx And Crake』(オリクスとクレイク)マーガレット・アトウッド

マッドアダム三部作の一作目。



 

ネタバレです。

 

 

 

 

 

アトウッドによる近未来ディストピア+ポスト・アポカリプス+創世記。

 

物語は、人類が滅びたと思われる世界で生き残ったSnowmanのサバイバルの日々の章と、彼が、自分の少年時代からアポカリプスに至るまでの過去を振り返る章の二本立てで進む。

 

現在の世界でSnowmanは海の近くに一人で暮らし、危険を避けて夜は樹上で寝ている。近くにCrakerと呼ばれる者たちの集落があるが、彼らは人間ではないらしい。CrakeOryxというのが彼らの神のようだ。SnowmanはそのCrakeOryxを知っていたらしく、せがむCrakerたちに彼らの物語を創作して話して聞かせている。少しずつ消費してきた食料が尽きかけ、飢えの危機に面したSnowmanは、かつて暮らしたことのあるRejoovenEsenseという名のコンパウンドへ、食料を探しに出かける。野生化した交配種の動物たちに襲われる可能性のある危険な旅である上に、行先は嫌な思い出がある、本当は避けたい場所であった。

 

かつて彼はJimmyという名前で、あまり両親から関心を向けられずに育った少年だった。両親共に大企業に勤める優秀なエリート科学者だったが、Jimmy自身は特に優秀ではなくあまりパッとしなかった。彼はGlenn(=のちのCrake)という極めて優秀な少年と知り合い、お互いにほぼ唯一の友人となる。Jimmyが地味な文系大学に進学する一方、Crakeはトップクラスの科学者への道を進んでいく。

 

アポカリプス前の世界は、大企業を中心にまわっている社会で、エリート科学者とその家族は厳重なセキュリティ体制を敷く企業のコンパウンドに住み、一般社会から隔離されて豊かな生活を送っていた。物語はコンパウンド暮らしのJimmyの視点で進むので、中心となるのは本人の葛藤やCrakeとの付き合いなど個人の話だけれど、それでもコンパウンド外の世界の様子が垣間見える。

 

一般社会はかなり雑然として弱肉強食な世界だったようだ。旱魃や海面上昇で住めなくなって放棄された都市があったり、日中はかなり気温が上昇していたりと、地球の環境が悪化している事が窺える。慢性的な食料不足に陥っており、食べるのは人工的に開発されたものが中心だ。本物の肉や野菜などは極めて少なく、高級品とされていた。遺伝子操作が当たり前に行われ、新種の動物も作られていた。Jimmyの父親は移植するための人間の臓器を持つ新種の豚の開発に携わっていた。

 

Crakeは人口過多が地球の問題の根本にあると考えた。ウィルスで人間を激減させ、自分とOryxをアダムとイブに見立て、新人類のCrakerたち+友人のJimmyと共に新しい世界を作ろうとしたのだろうか。恋愛に絡む愚かしい揉め事を避けるためにCrakerたちの求愛活動をデザインした「冷静な」Crakeが、まさにその古典的な三角関係で恋人を殺して自分も死んでしまう(実質無理心中)のは、非常に皮肉だ。MaddaddamMad Adam=狂ったアダムであり、これは新世界のアダムになろうとしたマッド・サイエンティストCrakeのことも示しているのかもしれない。

 

ただ、Maddaddamのサイトは反体制派の情報交換の場のような感じだったけれど、そこに出入りしていた科学者たちが何故Crakeの下で働くのかが今ひとつ理解できない。考え方にあまり共通点がなさそうだけど

 

長い作品だけれど、何が起こったのかが少しずつ明らかにされていくので、先を知りたくてどんどん読み進められる。物語は、他にも生き残った人間がいることを発見し、どういう行動に出るべきかJimmyが逡巡する場面で終わる。足の傷口から細菌感染しているようで、Jimmyが生き延びられるかどうかも不明だ。早く次作を読まねば。