さまよえる前日鳥

読んだもの、観たものについての取り留めない覚え書き。ネタバレ注意。

『The Year of the Flood』(洪水の年)マーガレット・アトウッド

マッドアダム三部作の二作目

 

ネタバレしています。

 

 

 

 

 

 

 

Crakeが引き起こした「人類の終焉」を生き延びた二人の女性の視点で物語が進行する。それぞれが、現在のサバイバルの部分とそこに至る過去を思い返す部分があるのは前作のSnowman -Jimmyの時と似ている。また二人の物語の合間に、宗教団体「God’s Gardeners」のリーダーAdam Oneの説法と教団の歌が挟まれる構造になっている。

 

一人目のサバイバーはToby。彼女の章は三人称で、比較的簡潔で知的な文章で書かれている。Tobyは一般市民が暮らすPleeblandsで、経済的にあまり恵まれない両親のもとで生まれ育った。病気になった母親の治療で家族は経済的窮地に陥り、結局母親は病死、父親は自殺する。

 

母親の病気は、前作で指摘されていたHelthWyzer社のサプリが原因だろう。企業が意図的にランダムに病原菌か何かを仕込み、病気になったら治療を提供し、徹底的に金を吸い尽くす仕組みだ。この事実を知ったCrakeの父親は殺されている。

 

Tobyはその後、生きる為にいかがわしい肉を使うハンバーガー店で働くが、オーナーのBlancoに目をつけられ性的奴隷として扱われるようになる。しかしひょんな事からGod’s Gardenersに匿ってもらい、教団で暮らすことに。教えを信仰できないながらも日々の労働を通して教団の生活に馴染み、Eve Sixとなる。

 

執念深いBlancoに捕まる危険があると分かり、Tobyは一旦教団から離れて高級スパで仕事を始めるが、そこでパンデミックが起きる。習慣で密かに職場に食料をストックしていたTobyは、他の従業員たちが家族のもとへ去っていった後、1人でスパにこもって生き延びた。

 

コンパウンドで生まれ育った謂わば「箱入り息子」のJimmyの視点で語られた前作と異なり、Toby視点の物語はコンパウンド外の過酷な弱肉強食社会の様子が明らかになる。更に、前作では力のあるセキュリティ会社、程度の認識だったCorpSeCorpsが、監視社会をコントロールする中心組織であったことも分かってくる。

 

もう一人のサバイバーRenの物語は、一人称で少しセンチメンタルな優しい文章だ。Renはコンパウンドで生まれたが、幼い時に母親がZebと駆け落ちしてGod’s Gardenersに入った際、無理に一緒に連れてこられた。時と共にRenは教団での生活に慣れていくが、母親はZebと上手くいかなくなると再びRenを連れてコンパウンドへ戻ってしまう。そこの学校で知り合ったのがGlennCrakeJimmyだ。Jimmyと付き合ったRenは、別れて深く傷つく。

 

その後、大学の途中で母親から資金を打ち切られ、ダンスの才能を活かして高級ストリップ/売春クラブで働くようになる。パンデミックが起きた時は、たまたま隔離室にいた為に感染せずに済んだ。しかし外からロックされていて出ることも出来ない。食料が尽きかけた時、親友Amandaが到着してロックを解除、外に出ることができた。

 

本作では、前作で少しだけ出てきたGod’s Gardenersについて詳しく語られる。男性リーダー達はAdam+番号、女性リーダー達はEve+番号で呼ばれる。彼らはエコ主義・菜食主義で、独自のコミュニティを作り、放棄された建物の屋上に庭を作って食物を育てている。人類への罰としてノアの時代に洪水が起きたように、近い将来「水のない」洪水が起きる事を確信し、それに備えて食料を備蓄しサバイバル術を身につけている。そして実際に水のない洪水=Crakeによるパンデミックが起きるのだ。

 

Adam SevenだったZebに子供たちがつけたあだ名がthe Mad AdamAdam Oneと方針が対立して分裂したZebたちが相互に連絡・情報交換するために使っていたプラットフォームがMaddaddamだったのだ。そしてMaddaddamのメンバーがCrakeの下で働いていたのは、実は脅迫されていたからだと判明する。

 

なんだか感想ではなく単なるあらすじになってしまったけれど、引き続きとても面白く読んだ。前作の直接の続きではなく、別の視点からほぼ同じ時期の社会状況が語られることで、全体像がかなり見えてくる。次作のタイトルはMaddaddam。そうするとZebの物語になるのだろうか。