さまよえる前日鳥

読んだもの、観たものについての取り留めない覚え書き。ネタバレ注意。

『Maddaddam』(マッドアダム)マーガレット・アトウッド

マッドアダム三部作の最終作

本作はまだ日本語訳が出ていないようだ。今年(2024年)岩波書店から出版される予定らしい。

 

*追記

3月(かな?)に邦訳『マッドアダム』上下巻が林はる芽さんの翻訳で岩波書店から出たようなので、日本語タイトルを追記しました。

 

 

 

ネタバレです。

 

 

 

 

 

 

 

過去と現在それぞれの物語が並行して進むのは前作までと同様。過去のパートは、謎めいていたZebの物語。現在のパートは、生き残り人類のコミュニティの暮らしや、凶悪Painballer二人組との決着が軸になって進行する。

 

God’s Gardenersメンバーや元Maddaddamメンバーから成る少数の生き延びた者たちが、小さなコミュニティを作って暮らしている。逃げたPainballerたちが周辺を徘徊しており、警戒を怠ることはできない。

 

Jimmyが病床にあるため、CrakerたちはTobyにお話をせがむ。TobyJimmyがしていたように、レッドソックスの赤い野球帽を被り、壊れた腕時計をはめ、Crakerたちが持ってきた魚を口にしてから毎晩のように話をすることに。この辺りのやり取りは、かなり笑いを誘う。CrakerたちはコミュニティのリーダーであるZebに畏敬の念を抱いている様子で、彼についての話を聞きたがる。今やZebの恋人であるTobyは、Zebの過去の話を聞き出す。

 

Zebが語る自身の物語はちょっとピカレスクっぽくもあり、言葉遣いやスタイルもTobyRenとは異なる。私には読みにくい部分もあったけれど、いかにもZebっぽい口調だ。彼自身の波瀾万丈な人生の歩みを読みながら、欠けていたピースが埋まり、シリーズの全体像が明らかになるようになっている。

 

Adam Oneの本名はAdamであり、Zebとは異母兄弟だった(後に実は血の繋がりがないことが明らかになる)。石油礼賛・反エコ教団の教祖であった極悪な父親から二人で逃げ出したのだ。二人は光と陰という感じで正反対だから確執も起きるが、お互いに相手を大切な兄弟だと思っている。

 

Adamが作ったGod’s Gardeners教団は、大企業によるコントロールなどを疑問視する反体制派の科学者たちが集まっていた。Maddaddamも実はAdamが最初に運営し始めたのだ。最初MaddaddamCrakeのことかと思ったら、ZebでもありAdamでもあるのか。結局こんな世界を作ってしまった人類全体がMad Adamなのかも知れない。

 

HelthWyzer社からPilarが入手したカプセルは、危険すぎてGod’s Gardenersでは分析できず、結局Crakeの手に渡されることになった。そして最終的にはそれが人類の破滅をもたらした。God’s Gardenersが、水のない洪水が起きるとあれだけ確信していたのは、ここに理由があったのだ。

 

他にも、ハッキングの才能があったZebHelthWyzer社にいた時にCrakeにそのテクニックを手解きしたとか、Renを守ったマネージャーのMordisAdamたちの仲間でもあったとか、前二作との色々な繋がりが現れる度に、思わずへぇーとかほぉーとか言ってしまう自分。

 

アトウッドは最後に、このポスト・アポカリプスの世界に希望を描いた。旧人類と新人類Crakersの間にできた子供たちは、その象徴だ。CrakerBlackbeardは文字を学び、Tobyのあとを引き継いで仲間に物語を話して聞かせる。コミュニティの人間たちはpigoonたちと協定を結んで互いを対等に扱い尊重するようになった。

 

しかしZebたちの運命を見れば分かるように、不穏な要素がなくなることはないだろう。他にも生き残りはいるだろうし、それが善人とは限らない。異なる種の生き物が関わり合い、尊重し合う穏やかな社会を築いていけるのか。そしてそれを存続させることはできるのか。

 

これでマッドアダム三部作は終わり。いやあ、良かった。ディテールも充実していて、PigoonMo’Hairなど人間に奉仕する為に生み出された人工動植物の生態とか、God’s Gardenersの聖人や賛美歌とか、読み応えがあって本当に面白い。