さまよえる前日鳥

読んだもの、観たものについての取り留めない覚え書き。ネタバレ注意。

『Bring Up the Bodies』(罪人を召し出せ)ヒラリー・マンテル

ウルフ・ホール三部作の二作目。

2012年ブッカー賞、コスタ賞受賞

 

三部作の一作目の感想はこちら

suzynomad.hatenablog.com

 

✴︎激しくネタバレしてます。

 

前作と同じスタイルだけど、前作に比べてフラッシュバックや脱線が少なく、話がほぼ一直線に進むのでかなり読みやすい。しかも既に主要な登場人物が頭に入っているから大分楽に読める。それに前作よりもクロムウェルの心情がかなりはっきりと書かれているような。

 

国王ヘンリーは、あれだけ大騒ぎして結婚したアン・ブーリンに既に嫌気がさしている。ウルフ・ホールで夏を過ごし、従順で初々しいジェーン・シーモアのことがすっかり気にいる。気の強いアンとはよくぶつかって喧嘩と仲直りを繰り返していたけれど、アンが男の子を流産したことでヘンリーの気持ちが完全に離れる。妻を変えても健康な男児が生まれないんだったら、それは妻じゃなくてアンタに原因があるんじゃないの、と突っ込みたくなるけれど、当然悪いのはアンということになる。アンもね、キャサリンと別れて自分と結婚したら貴方に世嗣をあげるーとか言ってたようだけど、世の中には自分ではコントロール出来ない事が沢山あるんだよ。

 

ヘンリーはアンを捨てたいが為に、やっぱり若い時にハリー・パーシーと結婚の約束をしていたから自分のアンとの結婚は無効なんじゃないかとか(いや、アンと結婚する為にパーシーに婚約否定する宣誓を無理矢理させたばかりだし)アンが自分に魔術をかけたせいで惑わされたんじゃないかとか()屁理屈をこねだし、ボクちゃん王様だから細かいことは君達に任せる、後は宜しく〜、と放り投げて自分はジェーンへ捧げる詩作にいそしむ。そして残された忠臣達は(主にクロムウェル)国王の希望を叶えるべく奔走せざるを得なくなる。

 

ハリー・パーシーに結婚を誓い合ったという証言はしないと断られ、どう頑張ってもアンとの結婚を無効に出来るような法の抜け穴は見つからない。(そりゃそうだ、結婚する時にあれだけガッチリ法的に固めたんだから。)結婚を無効に出来ないなら、何とかしてアンを取り除かなければならない。そこで浮上したのがアンの不貞疑惑。元々アンは男の人を惹き付ける術を心得ている上に、自分の賞賛者達を周りに侍らせてもて遊ぶのが好きだったけれど、これが災いした。クロムウェルは証拠の無い幾つかの証言を利用してアンと男達の反逆罪を組み立てていく。

 

前作で、宮廷の人間がウルジー枢機卿を嘲笑う寸劇をした直後にクロムウェルは舞台裏に行って出演者達を観察していた。そのシーンがここで生きてくる。舞台裏を見つめる彼の心情はその時はハッキリ書かれはしなかったけれど、その怒りと怨みが今明らかにされる。更に、前作で詳しく書かれていた記憶術も効いている。映像のように記憶するクロムウェルは、誰が枢機卿役のどの手足を持って運んだのかまではっきりと覚えていた。 Henry Norris: left forepaw の部分を読んだ時、思わず変な声が出ました、私。

 

罪人が必要だった。だから罪人を探し出した。彼らの罪は起訴された罪とは違うかもしれないけれど。

 

動機は復讐だけではない。王の落馬事故でクロムウェルは自分の立場の危うさを痛感する。皆どこかで血縁関係がある宮廷の貴族クラブの中で、卑しい出自のクロムウェルは、王に気に入られたからここまでのし上がれた。もしヘンリーがいなくなったら。既にアン女王が自分を敵視し始めたのを感じている。このまま行けばアンは自分を蹴落とそうとするだろう。ヘンリーはアンを捨ててジェーンと結婚したがっている。だからクロムウェルは明確に反ブーリン陣営に組し始める。反ブーリンで結束する彼らがいつまでクロムウェルを「友人」と見なすかは疑問だけれど。

 

とは言えヘンリー国王も全く信用出来ない。忠臣であったウルジー枢機卿を見殺しにし、旧友すら断頭台に送った。いつの日かその矛先はクロムウェルにも向かうだろう。

 

相変わらずクロムウェルは働きまくっている。当然アン・ブーリンと仲間達を陥れる仕事だけをしているわけではなく、修道院を解散させたり、その没収財産を扱う増加収入裁判所を設立したり、救貧の為の法案を議会に提出したり。彼が目指す国と社会造りを着々と進めている。ハリー・ノリスの尋問をしながら既に処刑後に彼の財産をどうするか考えているあたり、いやもう何というか

 

次回はとうとう三部作の最後。これだけ長い間クロムウェルに寄り添ってきたから、読みたい気持ちと彼の凋落を見たくない気持ちとの板挟みになっている。いや、もちろん読むけど。すっかりマンテルの術中にはまってしまったな。