さまよえる前日鳥

読んだもの、観たものについての取り留めない覚え書き。ネタバレ注意。

『Gilead』(ギレアド)マリリン・ロビンソン

アイオワ州の架空の小さな町Gilead76歳の牧師John Amesは、67歳の時に35歳年下のLilaと出会って結婚し、息子を授かった。自分の死期が迫っていることを悟ったJohnは、まだ幼い息子が成人した時に読むようにと長い手紙を書き始める。前半は主に代々牧師を務めてきた一家のこと。銃をとって南北戦争に従軍し片目を失ったエキセントリックな祖父、平和主義者で祖父とよく対立した父、ヨーロッパ留学から無神論者になって戻ってきた兄。そして現在の妻との出会いと妻子への愛。神学的な問いと信仰心。誠実に真摯に物事と向き合い、日々の小さな喜びを慈しんで感謝する彼の心は、親友Boughtonの最愛の息子John Ames(通称Jack)が町に戻って来たことで乱れ始める。

 

章立てもなく、時系列に従っておらず、老牧師が思索や思い出をとりとめなく書き綴ったもの。父と子の宗教であるキリスト教を背景にして、描かれるのは様々な父と子の物語だと言える。祖父と父親、父親と主人公、主人公と幼い息子、親友Old Boughtonとその息子Jack、そして主人公と、血は繋がらないけれど主人公の名前をつけられたJack

 

 

ネタバレです。

 

 

 

 

 

 

後半の中心となるのはJohn AmesJackの関係だ。Jackを洗礼したのはJohnだが、まさに洗礼の場で赤ん坊の名前が自分にちなんだものだと知らされる。Boughton一家は勿論心からの好意でそうしたのだろうけれど、Johnの心情は複雑だった。この子は自分の子供ではない。子沢山の親友一家に対して、若くして妻と生後間もない娘を失い孤独に暮らしてきた自分。だからといって妬んだり羨んだりしたつもりはなかった。動揺で洗礼も心あらずになってしまい、初めからJackに対しては罪悪感の伴った複雑な気持ちを抱くことになる。そして何よりJack自身が問題児だった。尊敬される牧師の息子である為諸々の悪さをしても罪を問われず、学生の時に女の子を妊娠させるも全て丸投げで自分は一切関わろうとしなかった。John自身、大切な物を隠されるような事を何度もされてきたし、娘を失ったJohnにとって、父親の役割を放棄したJackの行為は苦々しいものだった。

 

Old Boughtonは誰よりもJackを愛し、常に罪を許し、戻って来たJackを諸手を挙げて歓迎する。『放蕩息子のたとえ話』そのままだ。一方Johnは、Jackがいつか自分の妻子に害をなすのではないかという恐れを抱き、彼を受け入れるべきだと頭で理解してはいるものの、どうしても心から受け入れられずにもがく。

 

Jackは彼なりのやり方でJohnを慕い、話をしたい、理解してもらいたいと思っているように見える。でもJohnの方には過去のわだかまりがあってJackの言動を自分に対する意地悪だと感じてしまうし、向き合って話をする事を避けがちになっていた。それでも最後の最後に、漸くJohnJackの話に耳を傾け、別れ際に心からの祝福を与えることが出来たのだ。

 

主人公は会衆派教会の牧師だけれど、wikiによると会衆派はいち早く奴隷制度に反対した宗派らしく、主人公の祖父達が逃亡奴隷の支援をしていたエピソードと繋がって納得。ちなみに作者のマリリン・ロビンソンも会衆派信徒らしい。

 

本作には続編が三作あって、それぞれ別の人物の視点で語られるらしい。機会があれば読んでみようかな。