さまよえる前日鳥

読んだもの、観たものについての取り留めない覚え書き。ネタバレ注意。

『Olive, Again』(オリーヴ・キタリッジ、ふたたび)エリザベス・ストラウト

Olive Kitteridge』(オリーヴ・キタリッジの生活)の続編。

 

前作の感想はこちら

 

全体のメインはオリーヴでありながら、オリーヴが脇役だったり名前が出るだけの短編もある、という作りは前作と同様。オリーヴが7080代になっていて、年老いて行くことの意味がリアルに語られる。オリーヴは齢を経て少しだけ穏やかになったように見える。言いたい事をグッとこらえることもあるし、自省したり自分の責任を感じることもある。とは言えそこはオリーヴ、一癖も二癖もあるのは相変わらずだ。

 

人はどうにもならない寂しさを抱えて生きている。幾ら歳をとったって悟れるわけではない。年老いた自分に驚き、数多くの過ちを犯して今こういう自分でいる事に信じられないような思いを抱く。70歳、80歳を越えてなお苦しみもがく。自分は何者なのか、自分の傍らにいるこの人は何者なのか、世界は一体何なのか、人生は何なのか、何ひとつわからない。わからないまま引き受けて、わからないまま生きていく。死が訪れるその日まで。

 

以下各短編について簡単に。

 

 

Arrested(逮捕)

かつてはハーバードで教鞭をとり、ルックスも良かったジャックは、今や見事に突き出た腹を見つめて来し方を振り返る。そして思いがけず亡くなった妻の秘密を知る。

 

Labor(産みの苦しみ)

前作で若くして夫を亡くしたかつての教え子マーリーンの娘が妊娠し、オリーヴは「馬鹿げた」ベビーシャワーに招待される。何と招待客の1人がオリーヴの車の後部座席で出産する展開に…。

 

Cleaning(清掃)

最愛の父を病で失った14歳のKeyley。近所の家の清掃でお小遣いを稼ぎながら、失なわれた父性を求めるけれど

 

Motherless Child(母のない子)

息子一家をクロズビーに招待したオリーヴ。義理の娘の言動を見て、自分の過去の言動とその結果もたらされたものに気づいて愕然とする。息子の前妻「何でも分かってると思っている」スザンヌも、実はオリーヴと似ているよね。

 

Helped(救われる)

前作にも出てきたラーキン家、この作品では娘のSuzanneが登場する。極めて過酷な家族環境を持つ彼女は、亡き父の弁護士Bernieと心を通わせる。

 

Light(光)

闘病中のCindyのもとに、かつての数学教師だったオリーヴが度々訪れて話をするようになる。今は亡き前夫の話をするオリーヴに、しみじみと時の経過が感じられる。

 

The Walk(散歩)

冬の夜Dennyは自分の息子達が何かおかしいと考えながら町を歩く。そして気づくのだ、息子達ではなく自分自身の問題であったのだと。

 

Pedicure(ペディキュア)

ジャックとオリーヴは楽しい1日の終わりにレストランに入るが、そこでジャックのかつての愛人に出くわす

 

Exiles(故郷を離れる)

なんと『バージェス家の出来事』の主人公達が登場する。故郷から離れて初めて見える景色もあるのだ。

 

The Poet(詩人)

オリーヴは82歳になり、杖を使うようになっている。桂冠詩人になった元教え子Andreaを見かけて話をするオリーヴ。その後彼女が書いた詩を読んで、実はAndreaの方がはるかに相手を見抜いていた事に気づく。

 

The End of the Civil War Days(南北戦争時代の終わり)

娘がSMクイーンの仕事につき、その上ドキュメンタリーまで作成されたことにショックを受けて混乱するFergus。しかしそれがきっかけになって妻Ethelとの長年の家庭内戦争が終わりを迎える。

 

Heart(心臓)

心臓発作を起こしたオリーヴ。蘇生して退院し自宅に戻ったが、年老いて一人で暮らすことへの不安が身に沁みる。息子のクリストファーが急に母想いになったのは嬉しい誤算⁉︎

 

Friend(友人)

高齢者施設に入ったオリーヴ。施設になかなか溶け込めずにいた中、思いがけず友人が出来る。『目覚めの季節』のイザベル&エイミー母娘が登場。更にここまでに出てきた登場人物達も再登場する。

 

 

ストラウトの文章はとてもシンプルで、難しい言葉も出てこない。でもそのシンプルな文章で人の心の深いところを巧みに切り出す。登場人物の心のうちを辿って読者はその人物に誰よりも近づくことになるから、物語が終わっても彼らのその後が気になったりする。

 

そしてストラウトは人の愚かさ醜さ滑稽さを生々しく描く。日々は悲しみや苦しみに満ちている。けれどほんの束の間、二月の光が差し込むような美しい瞬間が訪れる。だから生きていける。だから読んだ後、悲しみの中に微かな暖かみが残るのだ。