河出文庫 天野健太郎訳
初めての台湾文学。著者の作品は既に何冊か翻訳されていて高い評価を受けているようだ。
これは、かつて実際に台北にあった巨大なショッピングモール「中華商場」を舞台にした連作短編集で、10編+単行本未収録1編の全11編が収録されている。中華商場は既に解体され存在しないが、大人になった登場人物達がそこで暮らした子供時代の記憶を語るという設定になっている。
全体的に死の影が色濃い。人(や動物)が突然姿を消して行方不明になり、大切なものを失った人たちが癒えぬ痛みに苦しむ。その全てが、魔術師が起こす不思議な出来事と相まって、どこか霞がかかった幻のような雰囲気を漂わせる。舞台となっている中華商場そのものが最早記憶の中にしか存在しないということも、夢の中のような印象を与える要因になっているのかもしれない。
記憶の中に残る不思議な出来事も、それが実は何であったのかは問題ではないのだろう。それが記憶に残り、その人の人生を決定づけもするのだ。
読書好きな登場人物が多く、メジャーな海外文学の作家やタイトルがよく出てきて海外文学好きの心をくすぐる。
歩道橋の魔術師
靴屋の「ぼく」と歩道橋の魔術師の交流の物語。魔術師が売るマジック道具はありきたりのものだけれど、説明のつかない不思議なことも時々あった。収録作の中で私が一番気に入った作品。
九十九階
少年の頃、3ヶ月間行方不明になったマーク。彼の過去は未来を映すものでもあったのか。言いようのない悲しみを感じるけど、この作品もかなり好きだ。
石獅子は覚えている
夢と現実が混ざりあう不思議な出来事。分からないままのことは沢山あって、残された者は喪失感を抱え続けていく。
ギラギラと太陽が照りつける道にゾウがいた
主人公が村上春樹好きということになっているけど、この作品自体が少し村上春樹っぽい雰囲気。いや考えてみればこの一編だけでなく全体的に少し春樹エッセンスがあるかも。
ギター弾きの恋
少年時代の年上女性への切ない恋の物語、と思いきや。いつも思うのだけれど、人は何故うたの上手い人に惹かれるのか。鳥がさえずって番うのと同じ原理なのか。
金魚
「ぼく」が恋したテレサはある日姿を消す。月日は流れてもテレサの残した跡は「ぼく」に刻まれている。
鳥を飼う
あの一瞬は奇跡だったのか。魔術師が言うようにマジックの時間の中にいたのか。そういえば、この作品集の登場人物達はマジックの時間の中に取り残されたままの人が多くいる。
唐さんの仕立屋
大切なものを失うということ。
光は流れる水のように
アカは模型で中華商場の記憶を紡ぎ、「僕」は文章で記憶を紡ぎ物語を作る。この作品も気に入った。
レインツリーの魔術師
ここまでの9編の物語を書いた「ぼく」、という設定のメタフィクション。
森林、宮殿、銅の馬と絵の中の少女(及川茜訳)
単行本未収録作品。記憶の曖昧さ。記憶しているが故の錯覚。