さまよえる前日鳥

読んだもの、観たものについての取り留めない覚え書き。ネタバレ注意。

『Dune』(デューン/砂の惑星) フランク・ハーバート

 

西暦10191年、人類の築いた宇宙帝国は、皇帝、領家連合、航宙ギルドの三者の権力バランスの上に成り立っていた。

 

有力領家の一つであるアトレイデス家は、水と緑の惑星カラダンから惑星アラキスへの移封を命じられる。アラキスは砂漠に覆われているため別名デューンとも呼ばれ、全てを飲み込む巨大な砂虫サンドワームが生息する不毛の地であるが、抗老化作用がありかつ星間航行には欠かせない貴重なスパイス「メランジ」の唯一の産地でもある。

 

しかしこの移封はアトレイデス家の抹殺を目論む宿敵ハルコンネン家が皇帝と秘かに組んで仕掛けた罠であった。陰謀と裏切りによってアトレイデス家の当主が殺され家臣が離散する中、辛うじて砂漠に逃れた若き世継ぎのポールは砂漠の民フレメンに保護を求める。既に心身の鍛練を積み予知能力の片鱗を見せていたポールだが、メランジを大量に摂取することで更に特殊能力が研ぎ澄まされていき、フレメンの「救世主」となって反乱を起こす。

 

 

1965年に発表された作品で、悪役が極めてステレオタイプでひたすら悪人であるところや、登場人物が各々心の中で考えていることが親切に全部書かれているスタイル等に少し時代を感じさせるものの、今読んでも十分に面白い。御家の為の政略結婚とか愛妾とか10191年にもなって未だそんな事やってるの、と突っ込みたい部分もあるが、主要な女性の登場人物が比較的自立して強いキャラクターである為、あまり嫌な感じはしない。

 

ストーリーは典型的な貴種流離譚。舞台は未来の宇宙ではあるが、社会構造や生活スタイルは中・近世風。過去に人類と思考機械の間で大規模な戦争が勃発して以降コンピューターや人工知能の類は禁止されていて、その代わりに一部の才能ある人間が訓練によって超能力のような力を発揮している、という設定。

 

他所から来た者が砂漠の民を率いて反乱を起こすというと『アラビアのロレンス』(1962年公開)が思い起こされる。フレメンは中東のベドウィンがモデルだろう。フレメン関係の語彙は殆どがアラビア語由来だ。年齢も育ちも性格も全く異なるが、ロレンスもポールも悩める主人公なところが似ていなくもない。

 

ちなみにメランジは幻覚を呼び起こすスパイスだけれど、これはどう考えてもサイケデリック・ドラッグのLSDが元になってるとしか思えない。アメリカでは60年代に大流行して誰もが「キメて」いて、LSDによる意識改革を目指す動きなんていうのもあったようだ。

 

この小説の魅力は何よりその豊かなディテールにあると思う。歴史や宗教、文化が物語の背後にしっかりと息づいていてデューンの世界を厚みのあるものにしている。小説にエコロジーの概念を持ち込んだ先駆けの作品らしく、巻末に収録されているアラキスのエコシステムの解明と砂漠緑化の為の研究についての附録が特に面白い。