さまよえる前日鳥

読んだもの、観たものについての取り留めない覚え書き。ネタバレ注意。

『Winter』(冬)アリ・スミス

アリ・スミスのBrexit小説、四季シリーズ第二作。

 

ライター志望の青年アートはクリスマス直前に恋人のシャーロットと大喧嘩、彼女は怒って出て行ってしまう。クリスマス休暇に実家に行って母親にシャーロットを紹介する予定だったアートは、街で見かけたラックスという名のクロアチア移民の若い女性を雇ってシャーロットの振りをしてもらうことにする。

 

母親のソフィアは元実業家で、夫は既に亡くなりコーンウォールの屋敷で一人暮らしをしていた。しかしアートとラックスが家に着いてみるとソフィアの様子が何だか変だ。そこで他にアートが連絡先を知る唯一の家族である伯母のアイリスを呼び出すことにした。アイリスはソフィアの姉で、若い頃から政治活動に身を捧げており、姉妹はもう長年お互いに連絡をとっていなかった。

 

移民は英国を脅かすと言いBrexitに賛成票を投じたソフィアと、現在ギリシャで流入移民の支援活動を行い、EU離脱の国民投票自体を愚かな事だと見なすアイリス。アートは、子供の頃から多忙だった母親とも、偶にメッセージを寄越すくらいの付き合いの伯母とも距離があり、対照的な二人の間で戸惑う。そうして集まった家族三人の関係は、率直かつ聡明なラックスの言動が触媒となって微妙に変化して行く。

 

時間も空間も行ったり来たりする上に言葉遊びも多く、意味不明な頭も出てきて(笑)決して読み易い作品ではないが、家族の関係、恋、政治、自然、文学、音楽、芸術などの要素が幾層にも重なって色々な面から楽しめる作品だ。

 

 

✴︎ 以下ネタバレあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『秋』の登場人物ダニー(ダニエル)がソフィアの若い頃の思い出話の中に出てくる。ソフィアにとってダニーは運命の相手と言える人だったけれど、別の道を歩むことを決めたのだ。何と驚いた事にアートはダニーとの間に出来た息子で、アートはその事実を知らない。ダニエルもソフィアが自分の息子を産んだなんて事は知らないはず。ソフィアはその話をラックスだけに打ち明ける。いつかアート本人にも打ち明ける日が来るのだろうか。

 

ちなみに芸術を愛するダニーは『秋』で我々にポップアーティストのポーリーン・ボティについて教えてくれ、『冬』ではコーンウォールのセント・アイヴズのスタジオに住んでいた芸術家・彫刻家のバーバラ・ヘップワースの作品を紹介してくれる。ソフィアが見る頭は段々変化して石になっていくけれど、これはヘップワースの作品を思い起こさせる。アーティスト関係の話は個人的にこのシリーズを読む楽しみの一つだ。

 

さて、アリ・スミスはこの四季シリーズで(まだ二作しか読んでいないけれど)シェイクスピアの戯曲を登場させている。『秋』では『テンペスト』が出て来て、今作は『シンベリン』。ラックスが初めて読んだシェイクスピアの戯曲で、イギリスに来るきっかけとなった作品である。シェイクスピアの中では上演機会の少ない作品で、アートも知らなかった。

 

『テンペスト』も『シンベリン』もシェイクスピアのロマンス劇に分類される。アリ・スミスは数あるシェイクスピア作品の中から何故ロマンス劇を選んだのだろうか。ロマンス劇は作品によって細かな違いは勿論あるが、大雑把に言って登場人物が家族や恋人との別れを経て海を渡り、長い遍歴の末に再会と和解の大団円を迎える、というのが特徴だ。遍歴と苦難の物語は移民の道のりとも重なる。ロマンス劇の作中人物達が分断し別れても最後に再会し許し合うように、EU離脱による分断と混乱の渦中で人々はバラバラな方を向き、他者に対する拒絶と不寛容が蔓延する現在の英国も、困難を乗り越えて和解に至る道を歩んでいってほしいと願っているのだろうか。

 

『シンベリン』についてラックスは言う。メチャクチャな混乱状態だったのに最後には調和が戻り嘘が暴かれ喪失が償われる、そんな話を書くことのできる作家を輩出した国に来て学びたかったのだと。それはアリスミスが望む英国の姿でもあるのだろう。英国にはそれが出来るはずだ、と。

 

ロマンス劇には他に『ペリクリーズ』と『冬物語』があるので、シリーズ後半の『春』と『夏』にはその二つが割り当てられるのかな。

 

物語は前作と同様に花のイメージを残して終わる。ラックスが今まで見た中で最も美しいと思ったものは、シェイクスピアの本に残った薔薇の染み。ググってみたらこの本は実在していて、トロントのトーマス・フィッシャー希少本図書館に所蔵されているファースト・フォリオのシンベリンのページに、誰かが挟んでいたと思われる薔薇の跡が残っているとのことだった。