さまよえる前日鳥

読んだもの、観たものについての取り留めない覚え書き。ネタバレ注意。

『How to Read Literature Like a Professor』(大学教授のように小説を読む方法)トーマス・C・フォスター

 

私は何故文学作品を読むのか。何よりそれが喜びを与えてくれるから。作品世界の中に入り、笑い怒り悲しみ驚き考え込み、読み終えて本を閉じ周りを見渡すと、そこに変わらない世界があることに不思議な気持ちになる。でもそれと同時に世界と自分が読む前とはほんの少しだけ違っているのを感じる。その感覚がとても好きだ。

 

そうして数多くの作品を読んでいくうちに、「面白かった」だけではなく、もっと深く理解したい、読み解きたいと思うようになる。それに応えてくれるのがこの本。大学で英文学を教える先生が、実際に大学の講義を聴いてるような軽妙な語り口で、もう一歩踏み込んだプロの視点で読むコツを教えてくれる。

 

ポイントは間テキスト性に着目して既存のテキストとの関連を見い出し、象徴を読み取ること。時に西洋文学ではシェイクスピア、聖書、神話や御伽話がベースになっているエピソードや台詞が多い。これらの先行テキストは広く共有されており、その構造や登場人物、エピソード等を取り入れたり仄めかしたりする事で作品により深い意味を持たせることが可能になる。象徴について言うと、〇〇が出てきたら即ちXXを意味するといった単純な一対一の関係ではなく、〇〇が出てきたらその裏にこれこれという感じの意味がある事が多い(でもアイロニーは全てをひっくり返す)という事を具体的な例を挙げながら示している。作品に出てくる天候も地理も暴力も何かしらの意味がある。

 

ここに書かれている諸々の事を全然知らなくたって充分小説は楽しめる。でも知っていたら更に楽しめる。文学作品というのは何層もの構造になっていて色々な層での読み方が可能なのだ。そして読み方は読者の数だけ存在する。

 

本の最後にキャサリン・マンスフィールドの『ガーデン・パーティー』が収録されていて、習ったことを実践できるようになっている。それからおすすめ作品リストもついててお買い得。読んで楽しくしかも有益な良い本でした。

 

但し、この本で紹介されているのはあくまで読み方の一手法であって、これが唯一の正しいプロの読み方というわけではないと思う。象徴を読み取り作者の意図を探るというのは非常に面白いことだけれど、これって作者が思わせぶりな目配せをしている事を教養豊かな読者が鋭敏に読み取って目配せを返すような、見方によっては自己満足的な閉じられた読み方だと言えなくもない。そもそも作者が思いも寄らないような切り口で読むことや、内容よりも形式や表現方法に着目する読み方をすることだって可能な筈だ。「読む」という行為は作者ではなく読者が行うことなのだから。

 

もう一つ、この本に取り上げられているのは英文学で、書かれている内容は多分西洋文学圏の作品の解釈には非常に有益だけど、日本やアジア・アフリカ文学だとまた異なる文学的背景や象徴があるんじゃないかと思う。

 

なお邦題は「小説」になっているけど、原題は「literature」で、本文でも小説だけでなく詩や戯曲、映画など広い意味での文芸作品に言及している。日本だと一般的に文学=小説みたいに認識されているところがあるから分かりやすくこの題名にしたのかもしれない。同じ著者で『How to Read Novels like a professor』という本も出ていて、そちらはまさに小説を扱っている。