さまよえる前日鳥

読んだもの、観たものについての取り留めない覚え書き。ネタバレ注意。

『Stone Mattress』(老いぼれを燃やせ) マーガレット・アトウッド

日本語版は今年、鴻巣友季子訳『老いぼれを燃やせ』のタイトルで早川書房から出版された。何年か前にKindleで原書が安くなっていたので購入してずっと積んであったのだけれど、せっかくなのでこの機会に読むことにした。こういうきっかけでもなければなかなか積読を消化できない…。

 

本書は短編9編を収録している。主人公たちの大半は高齢者。と言っても穏やかな老後などどは程遠く、若い頃の恨みを引きずり続け、復讐に燃え、殺意を抱く。色目も使えば嫉妬もする。

 

「その歳で…」などと嘲笑うことなかれ。三つ子の魂百まで。きっと人間なんていくつになってもそんなもの。考えてみれば私だって若い時、自分の現在の年齢くらいになれば、ある程度落ち着いて成熟しているだろうと思っていた。ところが見よこの体たらく。

 

以下、各編の感想を。アトウッドらしい洞察と茶目っ気に満ちている。最初の三編は連作。

 

Alphinland(アルフィンランド)

大ヒットファンタジー『Alphinland』シリーズの作家Constanceは、最近夫を亡くしたばかり。頭の中で夫の声を聞きながら、アイスストームの夜を一人で過ごす。思い出すのは若い時の恋人だった詩人Gavinのこと。

私は何故だか嵐の夜を過ごす話に惹かれる。嵐の不穏さと翌朝の明るさ穏やかさのコントラストが好きなのかも知れない。近所のスーパーでのエピソードがいい。

 

Revenant(蘇えりし者)

Constanceのかつての恋人Gavinの物語。今や老いて、若い妻Reynoldsの世話になっている。ある日Reynoldsは、Gavinの詩を研究しているという学生Naveenaを家に招く。

Gavinが色々な意味で全くアップデートできていない様子に苦笑。

 

Dark Lady(ダークレディ)

Marjorieは毎朝新聞の訃報欄をチェックするのが趣味だ。ある日Gavinの死亡記事を見つけ、葬儀に乗り出す。若い頃GavinがMarjorieと浮気したことで、ConstanceはGavinと別れたのだ。

解放の物語。生きている限り決して遅すぎることはない。『Alphinland』でConstanceがちらっと想像してみたことが現実になるかも。

 

Lusus Naturae(変わり種)

御屋敷の次女は異形であった。長女の結婚の妨げにならないよう次女は死んだことにされ、偽りの葬儀が行われた。

ゴシックホラーの雰囲気が漂う作品。異形の者がどうやって怪物になるのか、というよりどうやって「怪物」にされていくのか。

 

The Freeze-Dried Groom(フリーズドライ花婿)

インチキアンティークショップを経営するSam。 ある日妻に別れを告げられ、家を出る。Samは自分が殺されて刑事が捜査をしたり、ブロンドの検死医に検死されたりする様子を想像するのが趣味だった。

こちらもホラー風味。Samの妄想と現実が段々と交差しだすのが面白い。

 

I Dream of Zenia With the Bright Red Teeth(私は真っ赤な牙をむくズィーニアを夢に見た)

『寝取る女』の登場人物たちが年老いて再登場。Charisの夢に、死んだZeniaが現れた。何を伝えようとしているのか、いないのか。話の内容も女三人の会話もやけに可笑しくて、読んでる間ずっと笑ってた。

 

The Dead Hand Loves You(死者の手はあなたを愛す)

Jackが文無しの大学時代に勢いで書いたB級ホラーはベストセラーになった。作品は今や古典と見なされ、Jackに収入をもたらし続けている。しかし当時の同居人たちと結んだ契約がJackを苦しめるのだ。

Jackの被害妄想ぶりにニヤリと笑えるし、小説の内容にも笑える。結末がちょっと意外。

 

Stone Mattress(岩のマットレス)

北極旅行に参加した未亡人Vernaは思いがけない人物と再会する。その男Bobは、Vernaの人生を狂わせた憎むべき人物だった。

原書の表題作。ミステリー風。長年に渡って幾重にも層を作り硬くなったストロマトライトがVernaの人生と重なるし、老人中心の本短編集のタイトルにも合っている。

 

Torching the Dusties(老いぼれを燃やせ)

Wilmaは高級老人ホームで暮らしている。視力障害が進んで目の前がよく見えない一方で、非常にはっきりした小人たちの幻が見える。ある日、過激な老人排斥運動のグループがホームの前に集まり始めた。

世代間の対立を煽ったり、老人の集団自決を仄めかしたりする言説が飛び交う昨今。この作品で起きた事件は明日にも現実になりうる。極めて深刻で恐ろしい話なのに、しっかり笑えるシーンやフレーズが入っている。日本語タイトルがとても良い。

 

 

こうやって等身大?生身?の老人たちの姿が描かれるのはいいことだ。老人は決して自分達から遠い、関係のない人たちではないのだから。アトウッドには永遠に生き続けて、とんでもないお年寄りたちの話をどんどん書いていってほしい。ちなみに『昏き目の暗殺者』でも、私が一番好きだったのは年老いた語り手の現在のパートだった。

 

色々な分野の作品を描いているアトウッドらしく、文学とその周辺の描き方も興味深い。ConstanceやJackのようにホラーやファンタジーなどの「B級」小説を書く者もいれば、GavinやMartinのようにそういうジャンルを見下して馬鹿にするインテリもいる。でもConstanceにとっては自分を支える大切な世界であり、それで経済的自立も果たせた。Jackの性欲爆発小説の売り上げで若者たちは生活の基盤を築けた。ベストセラー作家に群がるイカれたファンや、作品に無闇に意味を持たせたがる批評家たちなどの描き方も皮肉が効いていて楽しい。