さまよえる前日鳥

読んだもの、観たものについての取り留めない覚え書き。ネタバレ注意。

『ガルヴェイアスの犬』ジョゼ・ルイス・ペイショット

木下眞穂訳 新潮クレスト・ブックス

5回日本翻訳大賞受賞

 

19841月のある夜、ポルトガルの小さな村ガルヴェイアスに、宇宙の果てから「名のない物」が落ちてきた。コルティソの原っぱに爆音と共に落ちてきたその巨大な物は、高熱と強烈な硫黄の匂いを発していた。そして 七日七晩豪雨が続いた後、村人達はその物の事を忘れてしまい(犬たちは覚えていたけれど)日常生活を続けたが、雨は一滴も降らなくなり、硫黄の匂いは充満し続け、村で作るパンは不快な味がするようになった

 

作者の故郷であるガルヴェイアス村を舞台に、そこに住む人々と犬達の物語を綴った群像劇。「名のない物」とは対照的に登場人物や犬や場所の全てに名前が付けられて、悲しくもどこか滑稽な一人一人の人生、一匹一匹の犬生が丁寧に語られることで、ガルヴェイアスという共同体の姿が立ち現れる。悲劇が多いし、村人達の行動も酷かったりするのだけれど、彼らへの作者の温かい眼差しが感じられて読後感は良い。

 

 

 

ネタバレです。

 

 

 

 

 

 

 

エピグラフはルカによる福音書から、天から火と硫黄が降り注いでソドムの町が滅びた事を告げる句が引用されている。名もない物が放つ硫黄の匂いは死の匂いだ。放っておけばカルヴェイアスも滅びへの道を歩んでいってしまうだろう。しかし最後に硫黄の匂いのしない赤ん坊が生まれて住民は気づく、このまま滅びてしまってはいけないと。そして一人一人がそれぞれの歩みで死に対抗する一歩を踏み出す。

 

特定の場所に関わる人々の物語というと、フォークナーのヨクナパトーファ・サーガを思い出す(ペイショットはヨクナパトーファのタトゥを腕に入れてるらしい。)それからバルガス・リョサの『緑の家』も個性強い登場人物がわんさか出てくるあたりちょっと通じるものがあるように思う。でも本作品を一読して私が真っ先に思い起こしたのはジェズズ・ムンカダの『引き船道』。同じイベリア半島のちょうど反対側あたりに実在した(けれどダム建設で水没した)スペイン・カタルーニャ州マキネンサ村の人々の物語だ。マキネンサ村は作者の実際の故郷であり、様々な作品でこだわり続けた場所であることがペイショットにとってのガルヴェイアスと共通している。異なるのは、マキネンサは既に滅びてしまった場所であり、その物語には終始物悲しさがつきまとうけれど、本作のガルヴェイアスは滅びることへの抵抗が示されていて、希望を感じさせる終わり方をしている。

 

余談だけれど、タダジュン氏の手掛けた素敵な表紙とタイトルを見ただけで、自分がこの本を好きになることが分かった。読書好きなら誰しも経験があると思うけど、ピンとくるというか「本に呼ばれる」瞬間がある。しかも個人的に群像劇風の作りは大好物。物語を読む喜びを存分に味わうことができた。