さまよえる前日鳥

読んだもの、観たものについての取り留めない覚え書き。ネタバレ注意。

『Shuggie Bain』(シャギー・ベイン)ダグラス・スチュアート

2020年ブッカー賞受賞

日本語版は黒原敏行訳『シャギー・ベイン』が早川書房から出ている。

 

 

舞台は不況に喘ぐグラスゴー。冒頭1992年、17歳のShuggieはサウスサイドに部屋を借り、薄給のデリで働いている。そして物語は1980年代に遡り、アルコール依存症の母Agnesと家族の葛藤、「男らしくない」Shuggieの少年時代が描かれ、最後に再び1992年のサウスサイドに戻るという構成になっている。

 

本作が優れていると思うのは、当時のグラスゴーの労働者階級の様子が非常に豊かな筆致で描かれているところだ。炭鉱が閉鎖され男たちは失業、タクシー運転手などの職で何とか食い繋いでいる。マッチョな男が称賛される社会。貧困の中で、男たちのフラストレーションはしばしば女への暴力に変わる。そんな社会では「普通の男の子」っぽくないShuggieは嘲笑の的になる。

 

Agnes がアルコール依存性に陥っていく様子や家族の苦しみも圧倒的なリアルさで迫ってくる。酒を買う為に質草を探して家中を漁り、子供達はお腹を空かせているのに僅かな生活保護も酒に費やしてしまう。子供達は家に帰る度に今日の母はどんな様子なのかと恐れ、母が素面の時は喜びながらもこの幸福がいつ終わるのかと怯える。

 

Shuggieはそんな母親の面倒を見ずにはいられない。時に楽しく幸せな瞬間がある。一緒に笑い合える瞬間が。でもそんな輝くような時は束の間で、またすぐに苦しい日々に戻る。けれど、もしかしたら母は良くなるのではないかと期待してしまう。うまくいかないと自分の努力が足りなかったのではないかと考えてしまう。

 

また、登場人物やその人生を象徴するような、豊かなイメージを喚起する描写もこの作品の魅力だ。Agnesが窓枠でゆらゆら危ういバランスを取っているところ、Shuggieが虹色の輝きを人形に移そうとしても儚く消えてしまうところ、炭鉱のボタ山にはまり込んでしまうところ、注意して扱っていたのに壊れた陶器飾りなど、印象に残るシーンが沢山ある。

 

 

 

 

 

 

 

 

ネタバレです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初の章は暗い印象だけれど(最初に限らず物語を通してずっと暗いけど)、その直後を描いている最終章にほんの少し明るさがあってほっとする。互いの境遇を理解し合える友人がいることは救いだ。崩れてしまったタルトは店にあった時の輝きを失っているけれど、美味しさは変わらない。それを一緒に笑いながら味わえる人がいる。

 

パンが潰れることを極度に嫌がったEugeneとは対照的だ。Eugeneという人物はShugのように暴力的でもなくあからさまな悪意もないんだけれど、Agnesを破滅に追いやることに変わりはない。Eugeneは「普通の」人と付き合いたい。「変な」人は嫌なのだ。潰れたパンは耐えられないのだ。

 

 

面白かったけど、一貫して辛く苦しく、読むのにかなりのエネルギーが必要ではあった。