さまよえる前日鳥

読んだもの、観たものについての取り留めない覚え書き。ネタバレ注意。

『Spring』(春)アリ・スミス


アリ・スミスによる四季四部作の三作目。

前作『Winter』の感想はこちら。

 

RichardTV・映画のディレクター。長年二人三脚でやってきた脚本家でソウルメイトと言えるPaddyを病で失い、その悲しみから立ち直れないでいる。現在他の脚本家と組んでいる仕事にも幻滅するばかりだ。ある日Richardは衝動的にスコットランド行きの電車に乗る。

 

BrittanyBrit)は学業優秀だったが経済的事情で大学に行けず、移民収容施設の一つで職員として働いている。収容移民を非人間的に扱う施設の日常にBritは違和感を覚えつつも少しずつ慣れていく。

 

最近収容施設で話題になっているのは一人の少女のことだ。様々な収容所に入ってはトイレの清掃を要求したり、収容者を連れ出したりしているらしい。更には売春宿に入って顧客を説得し、女性たちを解放したという噂まであった。そんなことが可能なわけがない、そう思っていたBritは、ひょんなことからそれらしき少女Florenceに出会い、一緒にスコットランドに向かうことになる。

 

 

 

ネタバレです。

 



 

 

 

 

 

 

 

 

FlorenceRichardの自殺を止めたことをきっかけに、主要登場人物たちが一堂に会し行動を共にする部分が特に面白かった。Florenceはちょっと前作のLuxのような役割だ。Britは一杯食わされたけれど、それは読者の私も同じだ。こういう展開になるとは思わなかった。Aldaの役割を知ってから読み返すと、ああ成程と思うけれど。

 

シェイクスピアのロマンス劇のうち、Autumnは『テンペスト』、Winterは『シンベリン』、本作Springは『ペリクリーズ』からインスピレーションを得ている。家族が離れ離れになって苦難の後に感動の再会を果たす戯曲だ。

 

Richardがずぶ濡れになって来た時にPaddyがペリクリーズか!?というツッコミを入れているけど、Richardは結婚生活が破綻し妻が2歳の娘を連れて去って以来、娘とは30年会っていない。いつか娘との再会を果たすことができるのか。

 

Florenceはペリクリーズの娘、清く賢いマリーナを彷彿とさせる。特に売春宿で説得して捕えられていた女性たちを解放したエピソードは、マリーナの物語と似ている。そしてFlorenceの名前は花咲く春をイメージさせる。

 

Brittanyの名前は特に象徴的だ。フランスのブルターニュ地方だけれど、元は小さいBritainといった意味で、Little Britainとも呼ばれている。ブリテン島からケルト系の人々が移住してきたことからケルト文化が色濃く残り、ケルト系のブルトン語が話されている。移民収容所で働きつつも移民のFlorenceとの行動に自由と喜びを感じたり、「Brittany」地方はケルト系だけど、スコットランド・ゲール語(かな?)を話されるとイラッとしたりするBritは、まさに現在の揺れ動く英国を象徴しているのではないか。多様な人と文化を内包しているにも関わらず他者を排斥しようとしいる英国に。

 

PaddyRichard のことをDoubledickと呼ぶ元となっているのがディケンズのRichard Doubledickの物語らしい。しかしなんつう名前だ。読んだことはないけれど、Paddyが言うには「戦争は止められないけれど、憎しみは止められる」ということを示す話だそうだ。Richard達がカロデンの戦いの跡地を訪れるのも、何とも象徴的ではないか。

 

今作のアートはビジュアル・アーティストのタシタ・ディーンについて。それからリルケとキャサリン・マンスフィールド。いつものようにチャップリンやディケンズ、シェイクスピアの作品も顔を出し、相変わらず盛り沢山だ。

 

前二作の登場人物との繋がりも見え隠れする。Richardの娘はきっとAutumnの主人公Elisabethだ。Elisabethの綴りがzでなくてsであることや大学で教えていることなど、Autumnの内容と一致している。

 

Paddyがコンサートで隣り合って『Andy Hoffnung』を作るきっかけとなった人物は、ひょっとしてDanielだろうか。名前は出てこないけれど、芸術好きでドイツ系でチャップリン好きなところ、初対面の女性と気安くいい関係を作れるところなど、とてもDanielっぽい。

 

ここでもSA4Aというセキュリティ会社が出てくる。Autumnでフェンスを管理していたのはこの会社だし、WinterArtは同社との契約で働いていた。

 

この四季シリーズは紛れもなく政治小説であり、作者の政治姿勢も明確だ。移民を同等の人間として扱わず排斥しようとする英国の今の傾向にハッキリとNOを突きつけている。こういった政治問題を全面に押し出しているところに抵抗を感じる読者もいるかもしれない。読んでいて若干ストレートすぎるかな(文学的な意味で)と感じる部分もないわけではない。しかし現在進行形のホットな政治・時事問題を扱い、それ故に執筆・刊行のスピードも要求される中で、魅力的な登場人物を生み出し、古今の芸術・文学作品を盛り込み、読んで面白い文学作品にきっちり仕上げてるあたり、アリ・スミスは只者ではない。

 

次はとうとうシリーズ最終巻だ。

 

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