日本語版は新潮社から木原善彦訳『惑う星』のタイトルで出ている。邦題のタイトルが秀逸。原題よりも本書の内容に合っているのではないだろうか。
それにしてもパワーズはコンスタントに作品を発表していて感心する。しかも出す本出す本ピューリッツァー賞や全米図書賞やブッカー賞やらにノミネートされたり受賞したりで非常に高い評価を受けているのがまた凄い。
前作『オーバーストーリー』でピューリッツァー賞を受賞しているパワーズが、再び地球環境問題を扱った作品。といっても私は『オーバーストーリー』は未読。非常に評判がいいので読もうと思っていたところに、Kindleセールで本書が安くなっているのを発見して思わずこっちを先に手に取ってしまった。ちなみに今年出版された最新作は海洋環境を扱っているらしく、環境問題に非常に力を入れている近年のパワーズだ。
物語は宇宙生物学者Theoの一人称で進む。Theoは大学で教える傍ら地球外生命探求プロジェクトに参加し、様々な惑星の様々な自然環境の中で、どんな生命体が存在し得るかシュミレートしたりしている。2年前に最愛の妻で精力的な動物保護活動家であったAlyssaを事故で亡くし、9歳になったばかりの息子と二人暮らしだ。息子Robinは自然を愛する聡明な少年だが、心の問題を抱えており、しばしば癇癪を起こしたり、学校で他の生徒とのトラブルが起きたりする。
困ったTheoは、以前Alyssaと一緒に被験者として参加した、脳神経学者CurrierのDecNefラボにRobinを連れていくことにした。fMRIを用いて様々な感情の時の脳スキャンデータを収集し、それをフィードバックして感情をコントロールする訓練をするのだ。保存してあったAlyssaの脳波データを利用したことでRobinは母親の感情を追体験し、心が安定するようになる。
ネタバレです。
『アルジャーノンに花束を』が言及されていたり、Robinの言葉がAlyssaと同じイタリックで書かれていたり、Theoの話ぶりにも「それって…」と思わせる部分があり、うっすら予期した通りの悲しい結末を迎える。
愛する妻が運転中に飛び出してきた動物を避けようとして事故死。しかもお腹の中には子供がいた。その後飼い犬も死亡。トランプを彷彿とさせる大統領の元で、外国籍学生たちのビザ更新が拒否され、科学分野への予算が削られ、長年努力してきたプロジェクトはお蔵入り、一人息子のセラピーを行っている有力ラボも閉鎖。世界は暗いニュースに満ち、最後に息子も死んでしまう。
宇宙には気の遠くなるような数の星があるのに、未だ地球外生命との遭遇には至っていない。地球とほぼ同じ条件を備えた惑星であっても、地球のような生命が生まれるとは限らない。いかに地球の環境が奇跡的なものか。
Theoの孤独が地球の孤独と重なりあう。 TheoはAlyssaのこともRobinのことも完全に知ることはできない。一人一人が一つの惑星だから。人の内宇宙は外宇宙よりも深遠だから。だからこその孤独だし、他者と繋がりたいと思うのだ。
宇宙の中でこんなに孤独なのに、そんな地球の中ですら他人や他の生き物へのエンパシーを持てない人間たち。全てを失う一歩手前にいるというのに。
パワーズにしては随分シンプルな文章と構成。悲しく美しい作品だとは思うけれど、残念なことに私はちょっと乗りきれなかった。以下ちょっと文句をいうので、嫌な方はスルーをお願いします。
一番引っかかったのは、前半の学校がらみの部分。Theoは9歳の子供に向精神薬を与えることを頭から否定しているけれど、心的トラブルを抱えている子供が薬の助けを借りるのは決して悪い事ではない。6歳くらいから使用できるし、子供に与える時は慎重に少しずつ導入する。人によって効果も副作用も異なるから難しいけれど、薬のお陰で楽になる子供も沢山いる。小説の中でさらっと薬は悪のような書き方をするのは率直に言って有害だと思う。
薬を避けたがる心理はまだ理解できるけれど、DecNefをするまで全く何もしてない様子なのが信じ難い。今の時代いくらでも療育やセラピーはあるのに、合うものを探そうとした気配すらない。子供と関わるのは教師と医者だけじゃなくて、心理士とかコーディネーターとか普通は色々いるんだよ。
子供を理解せず薬漬けにしようとする学校と医者、純粋な息子を虐める「銀行家や役員」の子供たち、自分は誰よりも息子の事を理解している云々… 。どれも昔のドラマに出てきそうなCliché感だ。地球外生命の話やDecNef、ネット上での情報の拡散など、科学の最先端や現代っぽさを取り入れているのに、学校周りの話は妙に古臭い。
別に私は医療関係者でも教育関係者でも当事者家族でも何でもないのだが、一時期仕事でがっつり関わったことがあるので、非常に気になった。
文句ついでにもう少し言うと、Robinの友人がAlyssaは自殺したと言ってトラブルになるけど、語られているAlyssaとは全く相容れなくて、周りの人間がそんな風に考えるということに非常に違和感があった。薬でラリってたとか、他の男と一緒だったとか言われた方がまだ信憑性がある。
あと「他の誰よりも理解している」息子がデリケートな状態なのに、ラジオでニュース聞いた時やケルン見た時の反応があれでは駄目すぎだよ、お父さん…。
この作品は私には合わなかったけれど、自然の描写はいいと思うし、架空の惑星の話はとても素敵だった。環境問題への警告も心から同意できる。勿論パワーズは引き続き読んでいくつもりだ。