日本語版は創元推理文庫から『カササギ殺人事件』山田蘭訳が出ている。
もし未読でこれから読むつもりの場合、この先は読まない方がいいと思います。前知識ゼロの方が振り回されて楽しい。
冒頭は編集者と思われる人物の前書きで始まる。Alan Conway作『Magpie Murders』のために、文字通り人生が変わってしまったという。
次に『Magpie Murders』の本扉、Alan Conwayの作品に対する賛辞、探偵Atticus Pündシリーズのタイトルなどなど、作中作が実在する本であるかのような凝った作り。そして物語が始まる。
時は1955年、場所はイギリスののどかな田舎町。一人の家政婦の葬儀が行われようとしていた。住人たちはそれぞれ、故人に対して思うところがあったようだ。その後に起きる殺人事件。名探偵Atticus Pündが登場し、誰も彼もが怪しく思われる中、推理を進めていく…。
ところがクライマックスを前に物語は容赦なく断ち切られる。『Magpie Murders』の原稿はここで終わってしまっているのだ。Alan Conway作品の編集者Susanは唖然として物語の続きを探すが…というもう一つのストーリーがここから始まる。更に驚くことに、Alanが自殺したという。残りの原稿は一体どこへ行ってしまったのか。そもそもAlanの死は本当に自殺なのか…?
という感じで、作中作と「現実」パート、まるっと二つのミステリーが楽しめる、一粒で二度美味しい作品だ。
作中作の方は、クリスティの世界そのままの古き良き王道の探偵小説。これこれ、これだよ。久しぶりにこういうのが読みたかった。
現実のSusanパートは、ちょっと勘や偶然に頼りすぎな気もするけれど、映画的でスピード感もあり、これはこれで面白い。私的には、長年探偵小説の編集者として働いてきたSusanがフーダニットへの愛を語る部分がとてもいいなと思った。前書きの、雨の日に飲み物とスナックを用意して本を読み始める喜びの描写なども、本読みにはグッとくる。
ネタバレ。物語の核心について書いてあります。⚠️
純文学にもフーダニットにもそれぞれ良さがあるし、それぞれの分野に傑作もあれば酷い駄作もある。純文学派がエンタメ系文学を見下すのも、エンタメ好きが純文学を高尚ぶってると揶揄するのも馬鹿げている。Alanがやった&やろうとしたことは、一つの文学ジャンルに対する完全な侮辱だし、作品を一緒に作り上げた出版関係者や作品を愛する読者たちに唾を吐くことに他ならない。本好きを敵にまわす作家とは…。
正直なところ犯人が原稿を処分せずに杜撰に閉まっておくのは意味が分からないし、諸々首を傾げるところもあるにはある。しかし作中作とのリンクの仕方や伏線の張り方など非常に上手く、二つのフーダニットもちゃんと結末がつく。全体としてとても満足度の高い読書だった。